それぞれの謳歌

僕の高校の卒業生にはざっと見回しても起業家や経営者が多く、会社勤めをして定年を迎える人の方が少ないように思います。それは多分に規格に合わない、または合わせることを求めない自由極まりない校風が要因のひとつかと思うのですが、頻繁に連絡を取り合うごく親しい範囲でも、上場企業を立ち上げ、保有株式だけでも数十億単位の資産を持つ起業家が数人いて、他人と比べても何ら意味が無いことは理解しつつも、ふと自らを省みて落ち込むことがあります。



同じ試験を経て入学し、同じ学舎で同じ先生に学んだのに、卒業後30年も経つとずいぶんと開きが出る。もちろん僕は僕で幸せに毎日を送っているんで気にする必要はないんですが、ちょっと複雑な気もしますね。特に僕の場合は、途中から自ら望んで横道に一目散に逸れていった経緯があるので(笑)。あのときああしていたらとか、もう少し頑張っていたらとか、あの人と連絡を取っていたらとか、そんな後悔とも悔恨とも取れない記憶が、残像とともに現れる。あわててリセットボタンを押すんだけれど、指に刺さった棘のようにしばらく痛みが消えないこともある。先日日経新聞に昔の友達のインタビュー記事があり、ともに学んだ高校時代のことが書かれていて、懐かしく読みました。「失敗な人生などないですね、学友はいまもそれぞれにユニークな人生を謳歌している」と彼は言っていた。僕もその学友の中に入っているのか定かではないですが、うーん、何か謳歌しとかないと同窓会も行けないな。
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by melody63 | 2017-05-15 17:48 | Diary