葉山日記
2011年 01月 09日
photo : LeicaM9+Noctilux50mm F1.0 ASPH
市営駐車場に車をとめ、ぼくたちは石段を降りて海にでた。季節外れの海は人影もまばらで、打ち寄せる波は白く、さらさらといい音をつれてきた。夕暮れの、ちょうど夜にむけて空気が張りつめている。彼女はライムグリーンの短いフレアスカートを揺らしながら僕のすぐ前を歩く。風が吹いてスカートの裾がひらひら揺れるのを僕はとても落ち着かない気分で眺めていた。砂浜の真ん中に古い漁船が打ち上げられた鯨のように置きざりにされており、船の舳先に彼女が腰を下ろした。僕もとなりに並んで座った。奥さんのこと、考えるの。彼女は言った。私が奥さんだったら、どんな気分だったかな、って。そんなこと考えなくていいんだ、僕は言った。きみはただ、何も考えないでただそばにいてくれればいい。お人形さんみたいに?そう、お人形さんみたいに。そのほうが、楽だもんね、彼女は言った。僕は黙っていた。お人形さん。と彼女は繰り返した。お人形さんは、自分から手足を縛って、なんて言わないわ。恥ずかしい言葉を言われて感じたりしないわ。だから私はお人形さんじゃないわ。普通におしっことかもする普通の女の子なのよ。わかってるさ、と僕は言った。わかってないわ。あなたって、何にもわかってないわ。彼女はそう言った笑った。その後で、涙を流した。ふっくらとした頬を、大粒の涙がいくつもつたう。ああもうこの恋はおわりにしなくちゃ、と僕は思う。でも頬を紅潮させた彼女をとても愛おしく思ったりもする。離れられないかも知れない、と僕は思った。問題は、僕が彼女を愛しているということ。でも彼女の気持ちはわからない。彼女の気持ちは犬のしっぽと同じでくるくると回るのだ。
日が沈んでしまうと、駐車場に車を置いたまま、近くのフランス料理の店に入った。海に突き出したテラスでコース料理を食べた。ガラス越しに見る夜の海は言葉を包むこむようで、向かい合ったまま僕たちは何も話さなかった。さっき砂浜で感じた居心地の悪さは持続しており、軽い調子で話しかけるのがためらわれた。彼女の指には銀色の、僕が去年のクリスマスにあげた指輪があった。でもそれが一体何なんだろう。愛の証?まさかね。相手が好きでも指輪が気に入らなければしないし、きらいでも指輪が気にいればつける。彼女はそういう性格。一体なんで指輪なんてあげたんだろう。なんのために?僕は彼女に何を期待したのだろう。初めから、終わることを運命づけられている愛なのに。
「貧しい恋/PaperBack Lovers」石川秀樹
by melody63
| 2011-01-09 00:56
| Diary